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天畠万貴子さんの声 第3回




「見守る努力」



天畠万貴子さん



24時間介助が必要な大輔さんを母として見守り続ける天畠万貴子さん。たとえ親子であっても、そこには距離感が大切だと言います。どのような姿勢で息子である大輔さんと向き合っているのでしょうか。最終回です。




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息子の大輔が14歳で障害を背負うことになったとき、決めたことがあります。「よその人たちのなかでどれだけやっていけるか挑戦しよう」と。家族や親戚に頼るのは簡単です。当時、広島に多くいる親戚たちは「帰ってこい」と言ってくれました。けれど、人間っていいときはいいけれど、甘えが出て嫌な部分が見えてしまうこともある。頼りすぎて共有しなくていいことまで、ついあふれ出してしまうこともあると思ったんです。大切な身内におんぶにだっこになれば、そんなことにもなりかねません。

東京の、誰も知らないところで、どこまで助けてもらいながらできるかを探りながらやっていこう、と決めたんです。そのために、家を売って、仕事をゼロにしました。

大輔を第三者のなかで生きられるようにしたい、という気持ちもありました。息子の人生はこれからも続きます。同じ家族がずっと一緒にいられるわけではなく、先を見越していかなくちゃいけない。

大輔は、一人の人間です。わたしのものではない。一人の人としてどう接し、どう認めていくのか。大輔との生活の中でわたしが気づいた姿勢、と言えるかもしれません。大輔だって、親に知られたくないこともたくさん作りたいだろうし。それを、見守れるようになることが大切です。

ただ、「見守る」と一言で言っても、それにはすごくエネルギーを要します。大輔の場合は、24時間介助が必要なため、ふとしたことで呼吸が止まったり、仮死状態になってしまう危険があります。住まいも見通しがいい間取りにして、息子が生活している様子を遠巻きに見えるような状況にしていました。家の中にはヘルパーさんが常にいる状態。この無防備な状態をどこまでよその人に任せられるか、どこまで覚悟を持てるか、ということが必要だと思います。

それに見守ると言っても、慣れているわたしがやっちゃうほうが早いでしょう。たとえば、彼が意義をもって取り組んでいること、メッセージを発信しようとしていることがあります。それは彼のものなので、口を出さない。横槍を入れない。見守る努力が必要です。

そういえば、こんなことがありました。

養護学校時代に、大輔はピアスをしていたんですね。おまけに髪の毛はブルーに染めていました。先生は「ピアスは(安全面で)危ないから外しなさい。(大輔の頭を見て)そんな格好で来たら、英語の授業を受けさせませんよ」と注意したんです。大輔は「はい、明日染め替えてきます」と返事をしました。ええ、染めちゃうの?先生への反抗メッセージなのに、それでいいの?と思ったんですが、黙っていました。

翌日、大輔はいつもどおりに登校しました。ピンクの頭になって。つまり「伝わっていますよ」というメッセージなんですよね。当時の大輔をぱっと見たら、知的障がいがあるように見られてしまう。高校生である大輔に「ボク、わかるかな〜?」と子ども扱いをされたり、挙句の果てには直接本人には伝えずに横にいるわたしに伝えてきたりするようなこともありました。

ピアスにブルーの頭は、今流行りのスタイルを知っていますよ。先生がそれを注意したこともわかっています、というメッセージだったんです。染め替えてくる、と言ったでしょう?という皮肉もしっかり効かせて、ね。

服飾デザイナーやスタイリストの仕事をしていたわたしの影響もちょっとはあったかな?大輔もおしゃれが好きで、特に身だしなみには気を配っています。ファッションも、大輔の大事な表現のひとつになっているんだと思います。

大輔がやることを黙って見守る。それをくり返しているうちに、どんどん大輔は自立していき、現在は一人暮らしをしています。

このようなインタビューにお応えするのは、わたしの役割ではないと思い、これまではお断りをしていました。けれど、カーネーションズの活動を知り、いつもお話を聞いているなかでお役に立てるのならば、話してみようかなと思うに至りました。これからも応援しています。