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2023年 5

紹介:広島出身の大女優が残した幻の映画『ひろしま』

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広島で開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)は、核軍縮に関する初の独立文書「広島ビジョン」を打ち出して5月21日に閉幕しました。
唯一の被爆国・日本、数多くの犠牲者を出した広島の地に各国首脳が足を運び、慰霊碑へ献花する姿は、新しい始まりを感じる場面でした。

さて今回は、この広島出身のひとりの女優、そして彼女が出演した“ある映画”の話をさせてください。

その女優とは、月丘夢路(つきおかゆめじ)さん。170本を超える映画に出演された(ドラマや舞台を含めると数え切れないほど)、大女優です。

月丘夢路さんが出演したのが、映画『ひろしま』。終戦のわずか8年後の1953年、関川秀雄監督のもとで完成しました。長田新・編纂による文集『原爆の子〜広島の少年少女のうったえ』(岩波書店・1951年)を原作とした本作は、1955年に第5回ベルリン国際映画祭長編映画賞を受賞しています。
「被爆の惨状をしっかり描くこと」を条件に映画化され、当時の状況を忠実に描いた非常に貴重な作品です。「こんな悲劇は二度と起こしてはいけない」という強い思いが込められた本作には、原爆を実際に間近で体験をした広島市民8万8500人が、手弁当のエキストラで出演。かつてない規模の市民参加型の映画となりました。
月丘夢路さんは映画会社に専属する女優として活動をしていたため、他社の作品に出演することは厳しい状況でした。が、「戦争を抑止し、世界で二度と原爆が使用されないようにするためには、広島の悲劇を世界に広めることが必要」と考え、必死で所属会社を説得した結果、映画『ひろしま』に無償で主役を演じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

―誠に原爆の悲劇を二度とくり返してはならない、という気持ちを伝えたい。
それがあの映画に出るということにつながったんです(月丘夢路)―

 

しかし、当時GHQによる占領下の日本では、反米的な内容が含まれていると判断され、配給元がつかずに全国上映には至りませんでした……。

製作から半世紀以上が経過し、ふたたびこの映画が再評価されています。2019年には、NHK(ETV)での全国放送もされました。
また、月丘夢路さんの生誕100年を記念して6月2日には、記念本『芍薬な月』『創る心』の出版されます。映画『ひろしま』をより多くの方々に届けたいという執筆者の意向もあり、誰もがこの映画を鑑賞できるQRコードも付録となる予定だそうです。

 

▼詳細はこちら「井上・月丘映画財団」

https://inoue-tsukioka.com

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月丘夢路さんはほかにも、原爆に関する映画に出演しています。
映画「長崎の鐘」(1950年・大庭秀雄監督)は、戦後最初に原爆をテーマとした日本映画で、長崎医科大学の永井隆博士の随筆が原作です。この本は、永井博士が爆心地に近い大学で被爆した状況や、頭動脈切断の重症を負いながらも被爆者の救護活動に当たる姿などが描かれています。
GHQの検閲もあり原爆を直接批判する映画にはできなかったので、永井の半生を描く内容となっていて、月丘さんは永井の妻役を演じています。

***
 

賛成、反対、成功、失敗、様々な意見がありながらも、今回のG7はとても意義深いサミットでした。核兵器を使うという現実の恐怖を身をもって体験した日本に住まう者として、今だからこそ、政治とは関係なく、知らなくてはいけない事実だと感じています。

画像提供:井上絵美さん(月丘夢路さんの長女)のインスタグラムより

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