デザインの力で、領域を越えた子ども支援に
まほうのだがしや チロル堂・石田慶子さん
奈良県生駒市にある「まほうのだがしや チロル堂」。今日もたくさんの地域の子どもたちが集まります。このオーナーのお一人である石田慶子さんに、チロル堂ができるまで、子どもの居場所づくりについてうかがいました。
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デザインの力
ひとつ、エピソードをご紹介させてください。
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とある観光地、人気スポットの猿山をめがけて多くの外国人観光客が押し寄せる。けれども地元の人は、それをあまりよく思っていない。
「デザインの力で、地元の人と観光客が交流できるようにしてほしい」
こんな依頼を受けたデザイナー。どうしたら双方にコミュニケーションが生まれるかを考えた。
猿山まで登るための長いエスカレーター。このエスカレーターは細く、1人分の幅しかない。上がる方と降りる方が一列ずつで近い構造になっている。……デザイナーは、これを使おう! となった。
そのエスカレーターの入口に、「手の平」が描かれた看板を立てた。
すると、上がる人と降りる人がお互いにハイタッチをはじめた!
上から降りてくる外国人観光客が「Hey!」と手を出す。エスカレーターで上がっている地元のおじいさんも驚きながら手を出す……。
こうして、外国人観光客と地元の人たちの交流が生まれた。
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……このエピソード、登場人物が日本人だけだったら、こうはいかなかったかもしれない。外国人観光客がいたからこそのアイデアです。
この話を聞いたとき、わたしは「これをデザインと呼ぶのだ!」と感激しました。
冒頭は、この「デザイン」を多角的にとらえるための話です。デザインは決して表面上のものではなく、空間や環境、ひとの心までもを変えることができる。
これからはこの「デザインの力」とともに、地域の子どもたちのための居場所づくりをするまでのことをお話させてください。
福祉の制度で目の前の「困った」に挑んできた
まずは、自己紹介をしますね。
結婚を機に、奈良県生駒市にやってきました。わたし自身は山口県周南市出身です。海も山もあるところで育ちましたからね。主人の仕事の関係で大阪にやってきた当初は、都会になじめず息を止めて歩いたこともありました(笑)。
OLから主婦になり、パートの仕事を必要に応じてやってきました。生まれてきた娘が障害をもっていたことがきっかけとなって、障害福祉の分野で働くことになります。2012年に、障害のある子どもが学校の後に通う、療育機能・居場所機能を備えた「放課後等デイサービス」を立ち上げました。
2019年には「就労継続B型事業所※」を、その翌年に「キッチン突き当たり」というカフェと弁当屋をはじめました。
※障害によって働くことが難しい方に対して、就労の機会や生産活動などの機会の提供、また、その他の就労に必要な知識や能力の向上のために必要な訓練・支援を行う事業所およびサービスのこと。
どれも、目の前の必要なことをつくっていった結果です。放課後等デイサービスが受けられるのは18歳までだから、「その先どうする?」となって。大人になったら、「障害のあるひとたちの仕事って雑に扱われてて嫌だな?」と感じ、もっと成長できたり、働ける力を見つけられる場所をつくろう、と就労支援も取り組みました。
障害福祉のことを障害福祉のなかだけで考えていくことに強い閉塞感がありましたし、障害があってもなくても地域に関わって生きていくことが大事だと思って、カフェやお弁当屋さんをやりはじめました。やりながら見えてきた課題に対応してきた感じです。
「まほうのだがしや チロル堂」に寄せられた子どもたちの声
子どもたちの困りごとが分断されてしまう
福祉の支援って縦割りやから。たとえば、子どもの困りごとって「障害があること」だけにとどまってるわけじゃない。貧困とかいじめ、虐待とか、問題が複合的にからみ合って、今子どもは困っているんです。
制度の中からサポートしようと思うと、貧困の問題は保護課へ、いじめの問題は教育へ、福祉ができるのは18歳まで……って全部ぶつ切りになっちゃう。
別軸の問題もあります。お腹が空いていたらごはんをあげることもできるし、学習に困ったら学習支援はできるけど、結局、その子が持っている孤独や孤立には手が届かない。福祉分野での支援には、限界があるなっていうことも感じていたんですよね。
行き詰まりを感じていたときに、「デザイン」や「地域活動」「コミュニティ」をそれぞれ得意としているメンバーに出会いました。
奈良県東吉野村で地域のデザインに取り組むデザイナーの坂本大祐さん。子どものためのアトリエ活動を行っているダダさんこと、吉田田タカシさん。地域こども食堂「たわわ食堂」を運営する溝口雅代さん。
この3人と一緒に、“新しい”子ども食堂をつくろうと動き出しました。2020年のことです。
なかには、「子ども食堂」という言葉にずっと違和感があると言うメンバーもいました。
「僕やったら絶対行きたくない。自分が困ってることを認めることになるから。つくるんだったら、そんな気持ちにさせない子ども食堂にしないといけない」
「本当に来てほしい子が来れない場所になっている。そのギャップを埋めたいね」
「誰でも来れる場所にしないとね」
「駄菓子だったら、子どもはみんな好きやで」
たくさん会話を重ねて、地域の子どものための居場所「まほうのだがしや チロル堂」は生まれました。
次は、チロル堂のしくみ(ここがデザインの力!)と、子どもたちがどんな風に集まっているのかをお話したいと思います。
チロル堂の入口にはたくさんの駄菓子が並ぶ
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第2回につづく
▼石井さんがオーナーをしている「まほうのだがしや チロル堂」もご紹介させてください。
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